【弁護士監修】内定辞退で損害賠償請求はありえる?法律に基づく対処法
内定辞退で損害賠償を請求される不安はありませんか?
結論、民法上は原則として辞退が可能で、法的リスクは極めて低いです。
本記事では、労働契約の法的根拠や例外的に訴訟となるケース、トラブルを防ぐ安全な対処法を解説します。
内定辞退で損害賠償を請求すると言われたら

内定辞退の連絡を入れた際、企業側の担当者から「採用にかけた費用を請求する」などと告げられるケースは少なからず存在します。
しかし、一般的な内定辞退において労働者側が法的に損害賠償義務を負う可能性は極めて低いです。
企業側の発言に動揺して不本意な入社を決める前に、まずは法律に基づいた正しい知識を持ち、冷静に対処することが重要です。
多くの場合は心理的な圧力をかける脅し文句
採用担当は採用活動にかかったコストや労力が無駄になることへの苛立ちや、なんとかして内定者を引き止めたいという焦りがあります。
これはいわゆる「オワハラ(就活終われハラスメント)」の一種です。

法的根拠に基づいた請求というよりも、心理的な圧力をかけて辞退を撤回させるための脅し文句であるケースが大半です。
実際に企業が個人に対して損害賠償請求訴訟を起こす場合、以下のようなハードルが存在します。
| 検討項目 | 企業側の事情 |
|---|---|
| 費用対効果 | 弁護士費用や裁判にかかる時間的コストが、請求できる金額(認められたとしても少額)を上回ることが多く、経済的合理性がない。 |
| 企業イメージ | 「内定辞退者を訴える会社」という悪評が広まれば、翌年度以降の採用活動や社会的信用に甚大な悪影響を及ぼすリスクがある。 |
| 立証の難易度 | 内定辞退と具体的な損害との因果関係を法的に証明することは非常に困難である。 |
このように、企業側にとって訴訟はリスクとコストが大きすぎるため、実際に行動に移されることはほとんどありません。
内定承諾書の提出後でも法律上は辞退可能

就職活動において、企業から内定通知を受け取り「内定承諾書」や「入社誓約書」に署名・捺印をして提出した後であっても、内定を辞退することが可能です。
多くの学生や求職者は「一度承諾したら必ず入社しなければならないのではないか」「法的拘束力があるのではないか」と不安を感じがちです。
しかし日本の法律では、労働者(求職者)の「職業選択の自由」が最大限に尊重されています。
内定辞退ができる期間はいつまでか
前述の民法第627条に基づけば、入社日の2週間前までに辞退の意思表示を行えば、法律上のトラブルになるリスクは極めて低くなります。
2週間という期間を経過することで、会社の承諾がなくても自動的に契約関係が終了するためです。
では、入社日まで2週間を切ってしまった場合や、入社前日の辞退はどうなるのでしょうか。

この場合でも、強制労働を禁止する法律の趣旨から、会社が無理やり入社させることはできません。
ただし、直前の辞退は企業側の採用計画に混乱を招くため、可能な限り早めに連絡することが重要です。
| 辞退のタイミング | 法的な扱いとリスク | 推奨される対応 |
|---|---|---|
| 入社日の2週間以上前 | 民法627条により適法に契約解除が可能。法的リスクはほぼなし。 | 電話またはメールで速やかに担当者へ連絡する。 |
| 入社日の2週間未満~前日 | 一方的な解約による契約終了が入社日に間に合わないが、合意解約は可能。 | 急ぎ電話で謝罪と辞退の意思を伝え、合意を得る。 |
| 入社日当日以降 | 即日退職の扱いとなる。就業規則によっては2週間等の予告期間が必要な場合も。 | 無断欠勤は避け、誠意を持って退職手続きを行う。 |
内々定の段階における法的な扱い
法的には、内々定の段階ではまだ労働契約は成立していない(契約締結過程)と解釈されることが一般的です。

内々定の辞退に対して損害賠償を請求されるような法的根拠は、通常存在しません。
ただし、企業側も採用活動を終了している場合があるため、マナーとして早めの連絡が必要であることに変わりはありません。
内定辞退で実際に訴訟リスクがあるケースとは

原則として、労働者には職業選択の自由があり、民法に基づき労働契約の解約(内定辞退)は認められています。
そのため、内定辞退をしただけで損害賠償請求が認められるケースは極めて稀です。
ここでは、どのような状況で訴訟リスクが生じるのかを具体的に解説します。
会社に著しい損害を与えたと判断される場合
企業が内定辞退者に対して損害賠償を請求しようとする際、争点となるのは「損害の範囲」です。
一般的に、企業の採用活動にかかるコスト(求人広告費、会社説明会の会場費、面接官の人件費など)は、事業活動に伴う通常の経費とみなされ、内定辞退者に請求することはできません。

一方で、内定者のためだけに費やされた「特別な支出」があり、かつそれが回収不能となった場合には、損害賠償の対象となる可能性があります。
具体的には以下のようなケースが挙げられます。
| 費用の種類 | 具体例 | 請求のリスク |
|---|---|---|
| 通常の採用コスト | 求人サイト掲載料、会社案内パンフレット作成費、面接担当者の給与、内定懇親会の飲食費など | 低い(原則請求不可) |
| 個別的な特別支出 | 内定者専用に発注した高額なオーダーメイド制服、業務に必要な資格取得のための講習費、海外研修費用、転居を前提とした社宅の契約金など | 高い(実費請求の可能性あり) |
悪意ある内定辞退の具体例
時期や態様が悪質であり、企業の期待や信頼を不当に裏切ったとみなされる場合も、不法行為として損害賠償請求の対象になり得ます。

具体的には、入社直前という時期に行われ、かつ企業側が受け入れ準備をすでに完了していた状況での辞退が中心です。
「悪意ある」あるいは「信義則に反する」と判断されやすい具体的な状況は以下の通りです。
- 入社直前や当日の辞退:
入社日の前日や当日に突然辞退を申し入れる行為。企業は代替の人材確保が不可能であり、業務に支障が出るため、違法性が高いと判断される可能性があります。 - 入社意思がないのにあると偽装:
最初から入社する気がないにもかかわらず、他社の内定を保持する目的で「絶対に入社します」と嘘をつき続け、直前で辞退する場合。 - 研修後の辞退:
入社前に実施された高額な研修を受けた直後に辞退し、そのノウハウだけを持ち逃げするような形になる場合。
サイレント辞退が引き起こす法的トラブル
近年問題視されているのが、連絡を一切せずに音信不通となる「サイレント辞退(バックレ)」です。
法的には、退職や辞退の意思表示は相手方に到達して初めて効力を持ちます。
そのため、何も連絡をしないままでは労働契約が継続している状態、あるいは契約不履行の状態とみなされる恐れがあります。

その結果、緊急連絡先(実家や保証人)へ連絡したり、自宅を訪問したりするケースもあります。
法律に則った安全な内定辞退の進め方

内定辞退は労働契約の解約にあたるため、民法の規定に基づき適切に手続きを行えば、法的な責任を問われることは原則としてありません。
しかし、手続きの不備やマナーを欠いた対応は、企業側の感情を逆なでし、無用なトラブルや損害賠償請求の言及を招く原因となります。
ここでは、法律的な観点から自身を守りつつ、円満に辞退するための具体的なプロセスを解説します。
辞退の意思表示は証拠として残すべきか
法律上、内定辞退(労働契約の解約)の意思表示は、口頭であっても有効に成立します。
しかし、後のトラブルを避けるためには、必ず「証拠として残る形」で行うことが推奨されます。
特に、民法第627条に基づき、解約の申し入れから2週間が経過すれば雇用契約は終了します。

最も安全かつ一般的な方法は、電話で担当者に謝罪と辞退の旨を伝えた直後に、メールでも同様の内容を送信することです。
これにより、礼儀(電話)と証拠保全(メール)の両立が可能となります。
| 伝達手段 | 証拠能力 | ビジネスマナー | 推奨される場面 |
|---|---|---|---|
| 電話 | 低い(録音がない限り証明困難) | 高い(誠意が伝わりやすい) | 第一報として必須。担当者への直接謝罪。 |
| メール | 高い(送信日時と内容が残る) | 普通(略儀と捉えられる場合あり) | 電話後の記録として、または電話が繋がらない場合。 |
| 手紙(普通郵便) | 中(届いた証明が難しい) | 高い(丁寧な印象を与える) | 電話・メール後の正式な詫び状として。 |
内容証明郵便を利用するケース
かえって企業側の態度を硬化させる恐れがあるため、通常の内定辞退において、いきなり内容証明郵便を送る必要はありません。
しかし、以下のような特殊な状況下では、法的効力の強い内容証明郵便の利用を検討すべきです。
- 企業側が電話に出ず、メールへの返信も一切ない場合(辞退の意思が到達したことを無視されている場合)
- 「辞退は認めない」「損害賠償を請求する」といった脅迫めいた発言があり、証拠を残す必要がある場合
- 執拗な引き止めに遭い、通常の手段では話が進まない場合
これにより、民法上の解約予告期間(原則2週間)の起算点を明確に固定できるため、企業側は「聞いていない」という主張ができなくなります。
誠意ある対応が法的トラブルを防ぐ鍵
法律論だけで言えば、適切な期間をおいて解約の申し入れを行えば、理由は問わず内定辞退は可能です。
しかし、実際の内定辞退トラブルの多くは、法律の解釈以前に、学生や求職者の「不誠実な対応」が引き金となっています。
法的義務はないとしても、その期待を裏切ることに対する「申し訳なさ」を表現することは、リスクマネジメントの観点からも極めて重要です。
具体的には、以下のポイントを押さえた対応が、訴訟リスクを実質的にゼロに近づけます。
- 他社に行くことが決まった時点で、先延ばしにせず速やかに連絡する。
- 嘘の理由(親の病気など)をつくと、後で露見した際に心証が悪化するため、可能な範囲で正直かつ丁寧に伝える。
- 連絡なしで入社日に現れない「サイレント辞退」は絶対に行わない。

「法律で守られているから何をしても良い」という態度は、相手の攻撃的な反応を誘発します。
違法な引き止めや嫌がらせへの対策

内定辞退の意思を伝えた際、企業側から過度な引き止めや嫌がらせ、いわゆる「オワハラ(就活終われハラスメント)」を受けるケースが稀に存在します。
こうした行為は、民法上の不法行為や、場合によっては刑法に触れる可能性もあります。
「オワハラ」に該当する行為と法的問題
企業が自社の利益を優先するあまり、学生や求職者の職業選択の自由を侵害する行為は許されません。
具体的にどのような行為が法に抵触する可能性があるのか、以下の表に整理しました。
| 企業側の具体的な行為 | 法的な問題点・該当しうる罪状 |
|---|---|
| 「辞退するなら損害賠償を請求する」「土下座しろ」と義務のないことを強いる | 強要罪(刑法223条)に該当する可能性があります。 |
| 「辞退したら出身大学にクレームを入れる」「業界で働けなくする」と脅す | 脅迫罪(刑法222条)に該当する可能性があります。 |
| 自宅や大学などに押しかけ、退去を求めても居座り続ける | 不退去罪(刑法130条)に該当する可能性があります。 |
| 研修と称して物理的に拘束し、他社の選考を受けさせない | 監禁罪(刑法220条)や、民法上の不法行為(権利侵害)となる可能性があります。 |
「訴える」と言われても、実際には企業側に法的根拠がないケースがほとんどです。
個人での解決が難しい場合の公的な相談窓口
企業側の態度が強硬で、当事者同士での話し合いが困難な場合や、身の危険を感じる場合は、速やかに外部の専門機関へ相談してください。
状況に応じて適切な相談先を選ぶことが解決への近道です。
大学のキャリアセンター・就職課
学生の場合、まずは大学の窓口へ相談することをお勧めします。
大学側から企業へ抗議を入れることで、事態が収束するケースが多くあります。

大学は学生を守る立場にあり、過去の事例に基づいたアドバイスも期待できます。
総合労働相談コーナー(労働局・労働基準監督署)
厚生労働省が管轄する「総合労働相談コーナー」では、労働問題全般に関する相談を受け付けています。
内定辞退に伴うトラブルについても、専門の相談員に対応してもらえます。

法的な観点からの助言や、場合によっては企業への指導・助言を行ってくれることがあります。
まとめ
内定辞退で損害賠償を請求される可能性は極めて低く、法律上も原則として辞退は認められています。
ただし、会社に著しい損害を与える悪質なケースは例外です。
トラブルを防ぐため、早めに誠意を持って辞退の意思を伝えることが重要です。
